ごあいさつ

そんなわけで、新作の季節がやってきました。「KOKAMI@network」大12回公演は、『キフシャム国の冒険』という作品です。

未来、再び大地は揺れ、津波が原子力発電所を襲い、一人の主婦が大切な人を亡くした所から物語は始まります。けれど、主婦は哀しみに時間を費やす代わりに、キフシャム国に呼ばれます。そこでは、同じく大切な人を亡くした王子が、共に旅立つ相手を探していたのです。キフシャム国の王子役に、演技に非常に熱心で俳優としても成長著しい宮田俊哉さん。キフシャム国の冒険に誘われる主婦に、確かな演技力と存在感が圧倒的な高岡早紀さん、王子がキフシャム国の冒険の王になることを阻もうとするのが、エネルギー溢れる演技と確かな歌唱力で、『リンダリンダ』に続いて出演をお願いした伊礼彼方さん、そして、王子と主婦の旅のお供となるのが、キフシャム国の執事であり、古狸役の、抜群のコメディーセンスと安定した演技力の竹井亮介さん、そして、キフシャム国の先代の王であり、王子に戦いを挑むのが、今回も出演を依頼した大高洋夫です。

物語を構想したのは、震災の後、福島県を訪ねたことでした。目の前に広大に広がる被災地を見ながら、僕は演劇になにができるのだろうと考えました。訪ねたのは震災の後、数カ月しかたっていませんでしたから、膨大な荒野には、人々の生活の跡がはっきりと残されていました。それはまるで日本ではないように思えました。どうやったら、演劇で、「癒せぬものを癒し、慰められぬものを慰める」ことができるんだろうと僕はずっと考えていました。そして、東北の被災地に広がる風景に対抗するためには、強力なファンタジーを作り上げるしかないんじゃないかと考えたのです。福島原発が被災したことで、東日本大震災は過去の出来事ではなく、現在進行形の事実です。震災の記憶が風化しないためではなく、今、まさに現在の問題として、物語は創られなければならないと思いました。

主婦と王子と古狸は、亡くなった王に会うために、冥界への旅に出ます。それは、哀しみを癒す旅ではなく、生きていく意味を探す旅です。この物語は、決して暗く、悲しい話ではありません。震災に対抗する物語は、哀しみを癒すことはできなくても、哀しみを少し休ませることができる物語になりたいと希望します。哀しみを少し休ませるために、そして生きる意味を見つけるために、明日も生きようと思えるために、胸躍る冒険の旅が始まるのです。

鴻上尚史



読込中