●例えば、あなたが一人旅に出たとします。その想い出は、永遠に語られるでしょう。
何枚かの写真を人に見せながら、その一人旅の思い出は、あなたの人生の中で、永遠に語り続けられるはずです。
◆友達と二人で旅行に出たとします。その想い出もまた、永遠に語られるでしょう。
その友人と仲たがいしても、その想い出は誰かに語られるでしょう。あなたがその気になりさえすれば、その想い出は、いつでも語られるのです。
●では、恋人と二人で出かけた想い出は、語られるのだろうかと思うのです。
◆もうすでに終わってしまった恋人との想いは、語られるのだろうかと思うのです。
●旅行の想い出だけではありません。
◆二人のかつてあった生活、
●かつてあった感情、
◆かつてあったささいな事件。
●それらの想いは、語られるのだろうかと思うのです。
◆別れることが悲しいのではなく、
●二度と語られなくなる言葉が生まれることが哀しいのじゃないかと思うことがあります。
◆二人で行った場所、
●二人でついに行けなかった場所、
◆二人ですごした日常、
●二人で起した事件。
◆それらに関する言葉は、もはや、お互いの人生の中で、二度と語られることはないだろう。
●「あんなことがあったね」「こんなことがあったね」と、お互いの言葉として二度と生まれては来ないだろうという確信が、哀しいのじゃないかと思うのです。
◆だって、新しい恋人とそんな話をするはずもなく、酒の席で友人に語るのも失礼というものです。
●とすれば、その語られなくなった言葉は、どこに行くのだろうと思うのです。
◆二度と語られなくなった言葉の思いは、宙ぶらりんのまま、さまよいさまよい、どこにたどり着くのだろうと思うのです。
●二度と語られなくなった思いはどこに行くのだろう?もはや存在しない関係が生み出した、二度と語られなくなった思い。
◆存在しない左手が感じる痛みのように、二度と語られなくなった思いは、どんな悲鳴を上げるのか?
●悲鳴を上げながら、もし、もう一度機会があるのなら、何を語るのか?
◆この物語は、"もうひとつの世界"から、この"平成と呼ばれる世界"に放り込まれた人々をめぐる、
●放り込まれたと思い込んでいる人々をめぐる、
◆特別な、
●平凡な、
◆真実の、
●誤解の、
◆●記録です。
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